札幌と言えば碁盤の目のように整備された街並みですが、どこを起点にして作られていったのかご存知でしょうか?
それは今の住所で言うとさっぽろテレビ塔の近く、札幌市中央区南1条東1丁目の創成川の岸辺にあります。
「札幌建設の地碑」という記念碑が置かれています。
札幌建設の地碑の詳細とアクセス方法
- 住所:〒060-0051 北海道札幌市中央区南1条東1丁目(創成川公園内)
- 電話番号:なし
- 営業時間:24時間
- 定休日:なし
- 入場料:なし
- 駐車場:なし(目の前に有料駐車場あり)
- マップコード:9 493 790*38
札幌建設の地碑へのアクセス方法
札幌建設の地碑へは地下鉄が便利です。
最寄り駅は地下鉄東西線「バスセンター前駅」1番出口です。
出口を出た目の前が創成川公園で創成川公園に入って南に歩いていってもらえれば1~2分で到着します。
大通駅からも徒歩圏です。
上記の写真はさっぽろテレビ塔から見た「札幌建設の地碑」です。中央にあるのが「創成橋」という橋です。
赤丸で囲ったところに「札幌建設の地碑(創成川)」はあります。
札幌建設の地碑の実物と札幌建設の歴史
上記写真の右側が「札幌建設の地碑」です。
説明は下記のように書かれています。
この地は、銭函から千歳に抜ける道と藻岩山麓を通り篠路に行く道路との交差点にあり明治2年11月10日 開拓判官島義勇 石狩大府の建設をこの地から始めその志をついだ岩村判官は同4年3月札幌の町割をここを中心として行い 民家を建てることを許した
今日の札幌市はこの附近を起点として発達したのである
*旧書体の漢字等は修正しています。
島義勇と言えば「北海道開拓の父」と言われる人物で札幌市内で銅像等をよく見かけます。
「札幌建設の地碑」の左にあるのは「北海道里程元標」の説明です。
北海道里程元標についての説明が書かれています。
北海道里程元標は、明治6年の太政官布告により、北海道の道路の起点であることを示すため、創成橋の東袂であるこの地に置かれた。正面となる南面には北海道里程元標の標記、北面には設置年月日が記され、東西面には、駅等の交通の要所に設置される里程標までの距離が記載されていた。当時の標柱はヒノキ又はトドマツ製で一尺角(約30センチメートル)、高さが一丈三尺(約363センチメートル)あり、高層建築物が無かった頃、遠方からでもその存在が容易に確認でき、明治時代の北海道開拓に際し、人々の往来や物流を支え、陸路の標として活躍したであろうと思われる。
その後、大正八年に旧道路法が制定され、道路の起点を表す標柱は道路元標へと変わり、設置場所も北三条西六丁目の北海道庁前へと移り、木製の里程元標の行方は不明である。
ここに建立した標柱は、北海道開拓の起点としてのこの場所の存在を、創成橋とともに後世に伝えるため再建したものである。再建にあたり、当時の記録が存在していない西面の里程の記載については、文献や地図を参考に推察し復元した。
と書かれています。
元々はここが北海道の道路の起点だったことを記念して建てられた建てられた石碑ということになります。
現在の「道路元標」は北海道庁旧本庁舎の門の前にあります。
上記写真は北海道庁旧本庁舎の前にある「札幌市道路元標」です。
札幌の街並みの起点、道路の起点が一緒になった場所「創成橋」
さっぽろテレビ塔から二条市場に行く時にも通ります。
「さっぽろ・ふるさと文化百選」にも選定されています。
札幌旅行の時に、是非立ち寄ってくださいね。
以上、札幌建設の地についてでした。
コメント この場所に行ったことがあるのなら是非感想を書いてくださいね。